借地権との賢いつきあい方②

相続アドバイザーの守屋佳昭です。
前回は、分かりにくく、トラブルの多い借地権をひも解くため、借地権をめぐる法律の歴史的な変遷についてお話ししました。

およそ100年間にわたる歴史の中で借地権が如何に借地人有利にシフトしてきたかをご理解いただいたものと思います。社会的強者であった地主と弱者であった借地人との権利のバランスを調整し、また、日清・日露、2つの大戦と当時の政治的な状況も相まって変化してきたこともご理解いただいたものと思います。その後、日本は戦中、戦後の復興期から高度成長時代に、緊急時から安定期に入っていきます。

そして平成4年8月1日に新法・借地借家法が施行され、旧法・借地法は廃止されました。

ただし、前回のブログでも書きましたが、平成4年8月1日に施行された現在の借地借家法は、地主、借地人双方にとってある程度公平なものになっています。
しかしながら、法律には「法令不遡及の原則」というものがあり、これは新しい法律が制定されたとしても、制定前の事実にさかのぼって適用されるというものです。
つまり、あくまでも契約時点の法律が適用され、たとえ法改正があったとしても違法となることはありません。圧倒的多数の借地にはいまだに旧法(旧借地法)が適用されているのが実態です。

ここも理解しづらい点ですが、例えば旧法による借地契約が満期になったからといって地主が更新時に新法(借地借家法)により新たに創設された定期借地契約には変更できないのです。

理論的には、一旦旧法による借地契約を終了させ、新たに定期借地契約を結べばよいのですが、借地人は普通簡単に合意するとは考えられません。(もちろん良心的な借地人もいるとは思います)

ただし、借地人がこれだけ強い権利を既得権として持っているのにそれを不用意に手放すわけがないからです。(賢い地主がうまく借地人を説得して借地契約を新法にスイッチした人もあるでしょうが、なかば騙しのようなテクニックを弄したケースもあるかもしれませんが・・・)

いずれにしても新法というのはただ単に看板を付け替えただけで、旧法による契約には実質的には変化はないということです。(新たな契約には選択肢が増えたのは事実ですが・・・)

以上により率直に言って、借地人の既得権はしっかりと守った、お茶を濁したようなものでしかありません。

では既得権を守るのがなぜいけないことなのでしょうか?

それは社会が変化しているのに制度が変化しないとそれが岩盤のような規制となり、変化に対応できなくなってしまうからです。

社会が安定しているときは護送船団のように秩序や序列を守って生きていれば安定しているのです。

しかしながら現在は歴史的にもグローバルな変化の時代にあります。しかもそれにコロナ禍が一層の不確実さに拍車をかけています。

あくまでも程度の問題ですが、鉄板のような規制で環境の変化に逆らうようなことは変えていかないと私たちの社会もやがて絶滅した恐竜のような運命になってしまうでしょう。

今回は借地に関する現在の法律構成と旧法と新法の違いがどのようになっているかを整理し、借地権をめぐる金銭の授受にはどんなものがあるか?、そして借地をめぐる地主と借地人のトラブルとは?そして世にもけったいな(著者注)借地非訟事件とは?についてお話いたします。

借地に関する現在の法律構成(適用関係)とは?

借地についての現在の法律構成は、おおまかに民法・旧借地法(旧法)・借地借家法(新法)の3つに大別できます。

  1. 民法
  2. 旧借地法(旧法)   平成4年7月31日までに契約したものは旧借地法を適用する。
  3. 借地借家法(新法)  平成4年8月1日以降に契約した者は借地借家法が適用される。

旧法と新法の違いとは?

それでは、旧法と新法の違いは何でしょう?

ここでは細かい論点は別にして大きく3つあるととらえてください。要するに旧法の理不尽さを悪目立ちさせないためのエクスキューズのような制度を創り出した。しかしながら実態は骨抜きで、既得権には影響がない。

  1. 存続期間 相対的に期間が短くなった。
  2. 定期借地権の創設 更新のある契約を複数創設した。
  3. 「正当事由」の明文化 条文に更新拒絶のための「正当事由」を明文化した。

存続期間

旧法 建物が石造りなど堅固な建物は30年以上、更新後も30年。木造など非堅固な建物は20年以上、更新後も20年

新法 建物の区分はなく、一律30年。更新後は10年(1回目の更新のみ20年)

定期借地権の創設

新法には、旧法の更新のある契約(以下、「普通借地契約」という)の他に更新がなく、存続期間がなく、終了後には必ず借地人が地主に土地を返さなければならない定期借地権が以下の3種類創設されました。

  1. 一般定期借地権
  2. 事業用借地権
  3. 建物譲渡特約付借地権

正当事由の明文化

普通借地契約では、従来の旧法と同様に更新があります。更新を拒絶するためには「正当事由」が必要でしたが、明文化されていませんでした。新法では普通借地権では更新があり、更新を拒絶し立ち退きを要求するためにの「正当事由」が明文化されました。

ただし、この「正当事由」は従来の「地主が自ら必要とする」というようなあいまいさを払しょくするものではありません。ケースバイケースで争われるケースが多く、多くの判例がありますが、一筋縄では定義できません。

実質は旧法と変わらないといっていいでしょう。

借地権をめぐる金銭の授受とは?

借地をめぐっては、馴染みのある地代の他にも多くの名目で下記のような金銭の授受があります。それぞれが慣習等でできたもので、地主と借地人の権利関係を調整するための苦心の賜物といえます。

逆に言えば、これだけ借地というものが地主と借地人との複雑な権利調整が必要で、同時に一般の人にはわかりにくいものなのです。

権利金とは?

権利金は借地契約が結ばれるときに、場所的な対価として、あるいは、地代の前払いとして借主から貸主に支払われるものです。

要するに、土地を半永久的に返してもらえないことの見返りの金銭です。

したがって、前に述べた敷金などと違って契約終了時に返す性質のものではありません。

また権利金はつねに払う性質のものではなく、貸主と借主の契約の決め方によるものです。

ただし、権利金を払ったということは地主が有利になるような条項を契約書に入れたということですので、契約書にも双方が話し合って決めた権利金の条項を入れて将来の紛争を防ぐべきでしょう。

敷金とは?

敷金は賃貸アパートに入居する場合など馴染みのある言葉だと思いますが、その意味を正確に知っておかないと思わぬトラブルにつながることもあります。

まず、敷金の法的な性格は「債務不履行がないことを停止条件として金銭の所有権が賃借人に信託的に移転するためのもの」ということになります。

要は敷金とは地主からすれば担保のようなものです。借地人が契約をきちんと守っていれば、契約が終わったときに返ってくる、逆に滞納などがあればその分を差し引かれる、ということです。また原状回復費用としてその分を差し引かれるものです。

そういう意味では敷金は借主の債権ですが、借主が未払いの地代などを敷金と相殺することはできません。

これは相殺するには債権と債務が適状の関係にあることが必要だからです。担保としての敷金の性格と賃貸借の見返りとしての賃借料とは適状の関係にあるとはみなされていません。

また同様の理由で、たとえば1か月後に退去する場合に1か月分の敷金がある場合も同様で、最後の1か月の地代と敷金を相殺することはできません。

敷金は、借主にとって地代は地代として最後まで支払い、原状回復義務などの債務を清算した残額を、目的物を明け渡してから返還されるという性格のものであることを押さえておいてください。ただし、地主が承諾したのであれば自由です。

また地主が他人に底地を売り渡した場合には賃貸借契約は新しい所有者に引き継がれます。したがって敷金は新しい所有者から返してもらう性格のものになります。もとの地主から返してもらうものではありません。

礼金とは?

権利金に似たものに礼金があります。これは借主が貸主に対して、貸してくれたことへのお礼のような意味で払う金銭です。

したがって契約が終了しても返す必要はありません。

地代とは?

地代は、借主が目的物である土地を使用し、地主がそれを使用させる「見返り」として支払わられるものです。

したがって土地の固定資産税だけを借主が負担することにして、その分を地主に支払っている場合には地代とは言えません。地主の側に何の利益もないからです。

この場合は賃貸借ではなく使用貸借になります。使用貸借は借地法の対象になりません。

地代の相場はこれといった基準はないのですが、おおむね固定資産税と都市計画税の3倍から5倍程度が多いようです。

これより多くても少なくても当事者の合意によって決まるものです。

更新料とは?

更新とは契約期間が終了し、引き続き借り続けることです。借主から地主に支払われるものですが、必ずしも法的な支払い義務があるものではありません。借地契約には普通「期間のの定め」(注)があります。ここでは煩雑になるので、「期間の定め」のある契約だけを取り上げます。

(注)

旧借地法では鉄筋などの堅固な建物は30年(更新後も30年)、木造などの非堅固な建物は20年以上(更新後も20年)。新法では建物の区分にかかわらず一律30年(更新後は原則10年、初回の更新時のみ20年)に期間が定められています。

承諾料とは?

法律上、借地権は債権です。したがって売ったり、貸したり、担保に供したりすることができます。ただし、契約で地主から禁止されていることはには制約があります。このように禁止されていることを承諾してもらう「見返り」として支払う金銭を承諾料といいます。

  • 借地権の譲渡または転貸 借地権の譲渡は、通常「名義書換料」とよばれます。
  • 借地上の建物の増・改築 自分の建物だからといって勝手に木造を鉄筋に改築したり、平屋を2階建てに建て増ししてはいけません。この場合には地主の承諾が必要です。承諾を見返りとして払う金銭を承諾料といいます。
  • 通行 外の道につながっていない袋地の場合、他人の隣の土地を通行する権利は「通行権」として認められています。それ以外の場合には権利として認められているわけではありませんので、隣地の所有者の承諾が必要です。同様に承諾を見返りとして払う金銭を承諾料といいます。

立退料とは?

土地を明け渡してもらうために地主から借地人に提供される金銭をいいます。通常、契約が終われば土地を明け渡して出ていくことは当然であり、立退料というものを契約当初より想定することはないはずです。そこで契約終了後に双方の話し合いで決められるのが通常です。要するに契約が終了しても借地人に居座られてしまった場合に支払われるものです。ただし、契約がまだ継続されている場合でも支払われるケースもあるようです。立退料を支払えば立ち退いてもらえるものではなく、相場も決まっているわけではありません。

建物買取料とは?

今まで見てきたように普通借地では期間満了により借地契約は当然には終了しません。借地人が希望すれば自動更新されるのが普通です。地主側に正当事由があり、裁判所が認めた、あるいは借地人が借地契約の終了を了解した場合に借地上の建物を地主に買い取ってもらう権利、これが建物買取請求権(後述)であり、そのための金銭の給付が建物買取料です。相場も決まっているわけではありません。

借地をめぐるトラブルとは?

借地をめぐるトラブルは多岐にわたり、すべてを書き尽くすことはできません。世間では借地人が破産したり、借地上の借地人の建物の抵当権によりその建物が競売により他者の手に渡ったり、借地をめぐるトラブルは枚挙にいとまがありません。そこで、ここでは典型的なトラブルをご紹介いたします。

用法違反とは?

木造住宅を建てる目的で土地を借りながら、実際には鉄筋コンクリートの商業ビルを建てた場合などです。

無断増改築とは?

建物の増改築禁止の特約に違反して、平屋の建物を無断で2階建てに建て増ししたり、子供部屋を建物に増築したりすることです。

金銭トラブルとは?

  • 地代値上げのトラブル
    • 戦後一貫してインフレの下では、長期的には一旦決めた地代も実情に合わなくなってしまいます。また固定資産税の値上げ(土地価格そのものの値上がり)も地主にとって値上げ要因としたいところです。
    • 地主として値上げをするには費用も手間・暇もかかります。これに対して借主は供託で対抗すればよいだけです。したがって借主にも主導権があり、必ずしも地主だけに主導権はありませんので、結局地主の泣き寝入りになります。
    • 地主の費用とは地代の鑑定評価、裁判の費用、手間・暇とは値上げの申し入れ、調停前置主義による調停→訴訟の流れ、などです。
  • 地代の滞納がある場合、更新がある場合の更新料など 滞納は明瞭な契約違反ですが、滞納があったからそれだけで契約を解除することはできません。

地主の交代とは?

地主が第三者に土地を売却した場合です。原則、借地人の立場に何ら影響はありませんが、敷金を地主に支払っている場合には原則新地主に帰属しますが、その帰属をめぐる問題、あるいは新地主が地代を値上げするケースもあります。この場合には借地人が建物の表示登記をしている場合には変更が必要でしょう)

借地の無断譲渡・転貸とは?

借地人が地主に無断で借地を譲渡したり、転貸(また貸し)した場合です。原則として契約違反となり、契約解除されても仕方ないでしょう。

更新拒絶とは?

地主が契約の満了をもって契約更新の拒絶をすることです。この場合には、先述したとおり「正当事由」が必要です。正当事由が認められるのはケースバイケースで判断されます。

建物買取請求権とは?

借地を明け渡す場合には建物を買い取ることを請求できます。因みに買取請求権とは形成権とよばれるもので、借地人の一歩的な意思表示で成立してしまうものです。相場も決まっているわけではありませんし、立退料を有無も決まっていません。

「借地非訟事件手続き」とは?

みなさんは「借地非訟」(しゃくちひしょう)という言葉を聞いたことがあるでしょうか?おそらく耳慣れない言葉と思います。Wikipediaには「非訟事件(ひしょうじけん)とは、民事の法律関係に関する事項について、終局的な権利義務の確定を目的とせず、裁判所が後見的に介入して処理することを特徴とする事件類型をいう。裁判所は当事者の主張に拘束されず、その裁量によって将来に向かって法律関係を形成する」とあります。 第1稿でお話ししたように昭和41年の借地法改正で創設された制度です。

具体的には、建物の増改築や譲渡などに地主が承諾しないとき、借地人の申し立てで裁判所が地主の承諾に代わる許可を与えるというものです。

第1稿でみたように借地権の歴史は借地人の権利を補強し続けた歴史だったのですが、ここでもついに紛争さえさせないように裁判所が介入し借地人の権利(半永久的に借り続けること)を守るようにしています。

借地非訟事件による手続きには4つの手続き類型があります。すなわち①増改築②構造変更③譲渡または転貸④競売で借地上の建物を取得です。

建物を増改築したいとき

市販の借地契約書には増改築禁止の特約があるものが多く、これをタテに地主が承諾しない場合でも借地人は地主の承諾に代わる許可を申し立てることで裁判所の許可を得ることができます。なお、借地借家法では更新後における再建築にも承諾に代わる許可を認めました。裁判所の許可があれば、増改築可能です。

このような場合は裁判所が地主と借地人との均衡を図るために地代の増額等が命ぜられるのが普通です。

建物の構造を変えたいとき

借地の近隣が防火地域になったり、高度開発が進み高層のビルが林立するようになったりして木造家屋を鉄筋のビルに変えたくても地主の承諾が得られない。このような場合に借地人は借地条件の変更を申し立てることで裁判所の許可を得て建て替えることができます。

このような場合は裁判所が地主と借地人との均衡を図るために承諾料等の支払いが命ぜられることがあります。

借地権を他人に譲渡または転貸したいとき

借地上の建物が譲渡されれば当然に借地権も建物に付着して譲渡されるのが日本の法制の建前です。この場合で特に地主の不利にならないにも拘わらず地主が承諾しない、あるいは承諾の条件として高額の承諾料を要求する場合には借地人は地主の承諾に代わる許可を申し立てることで裁判所の許可を得ることができます。

このような場合は裁判所が地主と借地人との均衡を図るために承諾料等の支払いが命ぜられることが普通です。

競売で借地上の建物を取得したとき

借地上の建物を競売で取得した者(買受人)にも特に地主の不利にならないにも拘わらず地主が承諾しない場合には買受人は地主の承諾に代わる許可を申し立てることで裁判所の許可を得ることができます。

このような場合は裁判所が地主と買受人との均衡を図るために承諾料等の支払いが命ぜられることが普通です。また地主はこれらを時価で買い取ることもできます。

ちなみに法律上は借地上の建物に抵当権を設定するのに地主の承諾は不要です。ただし債権者である金融機関が後々のトラブルを防ぐ意味でも債務者に地主の承諾を得ることを義務付けているのが一般的です。

次回は、私が担当している相続案件で借地権に関する裁判事例についてお話します。

参考図書:

野口悠紀雄 1940年体制 さらば戦時経済 東洋経済新聞社

金沢均 イラスト六法 わかりやすい借地 自由国民社

安西勉、石原豊昭 地代家賃、更新料・立退料 自由国民社

住友林業レジデンシャル 実践!借地権との上手なつきあい方 現代書林

この記事を書いた専門家について

守屋佳昭
守屋佳昭相続アドバイザー
東京都大田区出身、大田区在住。大学卒業後、モービル石油(現エネオス株式会社)に在籍し、主に全国のサービスステーション開発を担当。定年退職後、アパマン経営と相続に特化したコンサルタント業を開業。NPO法人相続アドバイザー協議会監事、日本相続学会認定会員、大森青色申告会副会長  保有資格 宅地建物取引士

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